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2011年1月 5日 (水)

水主神社の経箱に書かれた墨書の記事

水主神社の大般若経奥書に書かれた「海部郡薩摩郷八幡宮」ですが、
先日、kazunoriさんから、ご指摘がありまして
12月6日の徳島新聞を確認しました。

この記事によると、
・1~11巻の奥書によれば、阿波国の「海部郡薩摩郷八幡宮」に奉納された。
・80巻までは、「藤原朝臣富田沙聖蓮(ふじわらのあそみとみだのしゃみしょうれん)」を檀那としている。
・また、14世紀末に書写され、讃岐国へ移された。

これとは別に、
・81巻以降は15世紀前半に書写され、
・その時大般若経は、「海部多羅多門坊(かいふたらたもんぼう)」にあったらしい。

ここで、2つの地名が出てきました。
「富田」と「多羅」です。

「富田」は、吉田の北隣です。
「多羅」は、多分「多良」のことです。

「富田」はわかりやすいとして、「多良」がでてくるとはね。
まぁ、「芝」の対岸ですので、ひとくくりにできる地域です。
「高園」は、なぜか「吉野」の杉尾神社の氏子となっていることを考えても
違和感はないのですが、あんまり大きなお寺があったという記録がないんです。
「多門坊」ってなんなんでしょうね?

時期的に、中山神社が焼け落ちてからのことかと思いましたが、
それは天正のことですから、16世紀ですし、1世紀ずれてます。

この記事、2部構成なので続編が楽しみです。
ちなみに、12月6日の徳島新聞の記事は
徳島県立博物館の学芸員、長谷川賢二さんによるものですが、
海部と薩麻」の記事で書いたセンセイというのは、この方のことです。

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コメント

お取り上げ頂き感謝 今年もUPを楽しみにしております

投稿: kazunori | 2011年1月 5日 (水) 14時45分

随時、情報はアップしていきますのでお楽しみにお待ちください。

投稿: wildwolf | 2011年1月 5日 (水) 16時41分

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