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2008年9月17日 (水)

海部川の流れ

海部川が今のような流れになったのは、比較的新しいようです。
このへんは、町史を見てもらったら、でてます。

どうも、奥浦の商店街(旧国道)のあたりに堤があって、北から南へ流れていたらしいです。
そして、鞆浦漁協の南手の川に合流していたのです。

そのあとを裏付ける写真がコレ。

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海部東小学校(現海部小学校)と海部東保育所の間です。

いまの海部中学校は川だったようです。

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コメント

こうやって風景を眺めると、又一つのセピア色した顔が思い浮かばれ面白いですねぇ。
今はやめてますが製材所の前付近は木場になっていて、海部川上流から木材を筏でくんで流してきての木場だまり。大いに賑わっていたようです。
奥浦にはその専門問屋商人も出現して活況を呈していたそうな。dollar

投稿: 1218 | 2008年9月18日 (木) 07時50分

いまとなっては...ですね。
チョット前に、奥浦の「ももや」に、昔の奥浦の写真が展示されていました。

当時の町並みの様子がよく分かりました。

職場の方から、奥浦商店街は、子どもが行くところではなかったと聞きました。

投稿: wildwolf | 2008年9月18日 (木) 08時08分

鞆というのは、先っぽということで、その奥にあるから鞆奥漁港なんです。
以前は小学校くらいまで海が入り込んでいたので(今でも海岸の岩が学校に残っています)奥浦という地名なんです。
旧海部町役場は、私の子供のころは、海部川の河原でした。だから、川沿いの地名は、奥浦字新町となるはずです。

投稿: 和三郎 | 2008年9月18日 (木) 15時02分

鞆って、弓矢の時につかう道具で、先が狭まっていて、奥が広い形をしているらしいです。
で、湾の形状がその形に似ているからではないかって、海部町誌にはあったと思います。
鞆に「さき」という意味があるか、漢和辞典で調べましたが、ないようです。

漁協は鞆浦ですが、漁港は鞆奥です。
鞆浦は、大字です。鞆奥というのは、2世代前の町名です。

つまり、鞆浦と奥浦が一緒になって鞆奥町になりました。その後川西村と一緒になって海部町になりました。今は、ご存じの通りです。

投稿: wildwolf | 2008年9月19日 (金) 03時15分

鞆というのは、船乗りの言葉で舟の先のほうをさします。後をみよしと言います。

投稿: 和三郎 | 2008年9月20日 (土) 07時48分

ちょっと違うと思います。それなら「鞆」じゃなくて、「艫」ですよ。

とも【艫】
(1)船尾。船の後部。

みよし【水押/舳】〔「みおし」の転〕
(1)船首先端の水を切る部材で、船体構成上の主要材。

一部抜粋:goo辞書
http://dictionary.goo.ne.jp/

投稿: wildwolf | 2008年9月20日 (土) 15時48分

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