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2007年5月24日 (木)

木頭は海部

今朝の地方紙に、お茶の記事が出ています。那賀郡那賀町木頭地区につたわるお茶の記事です。

くわしくは、こちら → http://www.topics.or.jp/contents.html?m1=2&m2=3&NB=CORENEWS&GI=Kennai&G=&ns=news_117996955854&v=&vm=1

ここで、作られるお茶は「蒸す」のではなくて、「炒る」のです。ここでピン!ときた人は、きっとこのブログをよく読んでいる方です。(感謝)

そう、先日ワタシが大木屋で作ってきたお茶と、同じ系統のお茶なんです。大木屋に限らず、下流の大里あたりまで、この製法でお茶を作ります。商品化されている、母川番茶もそうです。

このほかにも、海部と木頭はいろんな面でつながっています。昔は木頭へ行くのには、海部川をさかのぼっていたのです。

そうしたことからか、今の那賀郡の内、木頭地方は海部郡だったのです。当時は、木頭4ヶ村とまとめていわれていましたが、下木頭村、中木頭村、上木頭村、奥木頭村がこれにあたります。

  • 下木頭村は、古屋、大戸、小計、深森、川俣の大字があり、
  • 中木頭村は、成瀬、府殿、丈ヶ谷、御所谷、大殿、平谷、白石となってます。

区域的には、旧の上那賀町の上流部と、旧の木頭村がエリアになっています。面白いことに旧の木沢村は、那賀郡です。

同じようなに、旧の祖谷山村はかつて、三好郡ではなく、美馬郡だったのです。今も交通と昔の交通の差が分かって面白い話ですね。

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04 海部・徳島」カテゴリの記事

コメント

恥ずかしながら初めて知りました。
街道の行程の難易度や集落の分布具合によるものかな?徳島は山国ですし、昔は山間に集落が多かったでしょうから、那賀川伝いより山伝い山越えのルートが主だったのでしょうか。

投稿: 毛面 | 2007年5月25日 (金) 19時20分

前にも書きましたが、
http://seigaiha.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_1329.html

山越えのルートは昔はあたりまえでした。ワタシの親なんかも、「山を越えたら向こうは...」とかよく言っていて、子供の時に、「昔は...」と聞かされたことがあります。

ちなみに、那賀奥へは、日和佐の大越から行くルーともありました。

投稿: wildwolf | 2007年5月25日 (金) 21時17分

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