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2007年1月 8日 (月)

地獄谷その1 樫木屋3

 すでに樫木屋について、ご紹介した歌では「海部樫木屋八方地獄鳥も空飛ぶ地におりぬ」ということでしたが、どうもその意味が分からない。矢筈山があって聖地の趣はあっても、とても地獄という感じはない、という印象です。

Kasigoyanorekisi_1  さて、海南町史を見てある書籍の存在を知りました。それは「樫木屋の歴史」という書籍です。昭和39年に発行されたという、貴重なシロモノです。先日図書館でようやく借りてきて読みましたところ、その意味をやっと理解することができました。

 樫木屋谷はその先で二つに分かれます。東の胴切山の北側の谷から流れる「地蔵谷」と南の矢筈山方面に端を発する「弥助谷」です。このうち、「地蔵谷」はかつて、「地獄谷」と呼ばれていたのです。

 というのも、この谷には牛鬼が住んでおり、行った者が帰ってきたためしがないということから、そのように呼ばれていたようです。この二つの谷が交わるトコロの少し上は「骨木家」といわれ、人骨や鳥獣の骨が積み重なっていたという話です。

 この牛鬼は享保4年に土佐の武士により退治され、後々のためと牛鬼の供養のために地蔵尊を建てたそうです。それ以降は出てこなくなり、「地蔵谷」と呼ばれるようになているそうです。

 そもそも樫木屋に興味を抱いた、発端の歌の意味が判明し、その「地獄谷」を訪れてみることにしました。

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コメント

こんばんは。

玉笠川にも同じような伝説が残っていて、小さな祠があります。
行ったことはないのですが、牟岐町の西又川にも同じような伝説の看板が立っていました。
海部川沿いや霧越峠は旅人や馬などが行き倒れるようなところだったので、いたるところに地蔵さんなどがあります。

投稿: 和三郎 | 2007年1月 8日 (月) 22時36分

玉笠となればヤレヤレ峠ですね。いずれにしても当時の交通の要所ということですね。
樫木屋が終われば、その南の小谷や玉笠も考えています。でも、ネタが結構あって、そちらにはなかなか行けそうにないですね。気長にやります。

投稿: wildwolf | 2007年1月 8日 (月) 23時04分

牛鬼伝説について以前ネットで検索したところ牟岐が本貫地だという説をみかけました。もともと牛鬼村だとか・・。
阿南には牛岐城があったようですし、ウシオニ滝、淵ってのも木沢、牟岐、上勝にあり、山城には牛の首谷もある。この分布は何なのでしょうねぇ。渡来人と関わりがありそうな気がしますけど・・。続編期待してます。

投稿: 毛面 | 2007年1月 9日 (火) 18時59分

牛鬼は牟岐が本場だったのかぁ~!今度調べてみますね。牟岐、海南、木沢というのは、実は近いのですよ。樫木屋から胴切山を越えたら日和佐、矢筈山を越えたら牟岐、北側の山を越えたら上那賀なんです。胴切山は、日和佐、牟岐、海南の町境です。
山伝いというのは、実は近道なんですよ。
(このネタは後日書くつもりだったネタです。)

投稿: wildwolf | 2007年1月 9日 (火) 20時08分

あーっ!南北だわ。矢筈山挟んでる!北の方に落ちれば地獄谷の方、南に落ちれば牟岐の牛鬼淵!ただ、牟岐の伝説では、矢筈の南、棚石というところが戦いの場だとのこと。享保年間の話ですか・・結構新しいですね。西又の解説版には時代が記されてませんでした。(HPにも載せてます)
徳島各地の牛鬼は、同じ根からの伝播というより、よくある民話と見る方が良いかもしれませんね。実際牛鬼伝説って日本各地にあるみたいです。
滝調査期待してます!

投稿: 毛面 | 2007年1月10日 (水) 19時01分

そーなんです。弥助越えをしたら、そこは牛鬼の淵なんです。毛面さんのホームページを見ていて気がつきました。
牟岐の方は牟岐町史を図書館に返してしまったので、また借りてみてみますね。

投稿: wildwolf | 2007年1月10日 (水) 22時11分

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